りんごのなる樹

芝居にゲーム、お絵かき占い時々真理

信じなくても救われる

夜8時ごろ駅前。

 長く続いた次回作のうち合わせをひと段落させてまっすぐに帰路につこうとした私に、1人の女性が声をかけてきた。
 雑多に人々が通り過ぎる駅専用の自転車駐輪場には似合わない、鮮やかな青いワンピースを着込んだ美しい女性は、コンクリートアスファルトで囲まれたその場所にはやはりそぐわない、いかにもいい事が書かれていそうな小冊子を片手にもって姿勢良く立っている。
 彼女のひだり隣にはトランク型のワゴンがその小冊子を嫌という程見せつけながら待機しており、好奇心も相まってつい引きとめられてしまった。

 

「あなたは天国を信じますか?」

 

「え?はいまあ」

 

「素晴らしい!」

 

 と大声で両手を握られ周囲の人々の目線がきになる。適当に相槌を打ったつもりだったのだが失敗だったかもしれない。

 

「神は7日間で天地を創造されたのはご存知だと思いますがでは人間はいつ創造されたかご存知ですか?そう、6日目です。神はあらゆる創造の最後の仕上げとして自らのお姿に似せて私たち人間を創造されたのです!」

 

「あ、えっと・・・」

 

「戦争や飢餓、貧困、少子化、環境問題から人間関係、子育て、恋愛、職業難までありとあらゆる問題苦痛は全て神が我々に与えた試練です。私たちが神の存在を疑い信じないからそのような悲惨な世界が訪れるのです!
 あなたも私たちと一緒に父なる神を崇拝し、共に世界をあるべき姿へと戻しましょう!そして共に救われましょう!信じるものは救われます」

 

 彼女は手に持っていた小冊子に熱意を込めてつきつけてきた。よく見ると「救い」の文字が大きく書かれている。道行く人々から無視され続け、手にとってもらえないこの大量の小冊子こそ救われたいと思ってるのではないか。

 

「すみません。宗教には興味がないので」

 

 やんわりと断ってその場を離れようとすると彼女は先ほどの熱心な表情から一転して、着ているワンピースと同じくらい青ざめながら信じられないと叫んだ。どっちの意味で?

 

「あなたは神を信じないとおっしゃるのですか?」

 

「いや、まあそうなるのかな」

 

「それは恐ろしいことですよ!神はあなたの創造神であり父なる存在。つまりあなたはお父様を信じていないということです!親をないがしろにする子があっていいでしょうか?そんな訳はない。
 あなたの行い全てをお父様は見ておられます。胸を張って自分は善人だと言えますでしょうか?そんな訳ない。
 このままではあなたは罰として地獄に落とされてしまいます。そんなの嫌でしょう。ですからお父様を信じて許しを請うのです。大丈夫お父様は心の広いお方です。子である私たち兄弟を必ず救ってくれます。
 そして私も兄弟であるあなたを救いたいのです。一緒に信じて祈りましょう。救われましょう。
信じるものは救われます!」

 

 ここで無理やり振り切って逃げてもよかったのだが、まくしたてられて引っ込みがつかなくなった自分がいた。彼女のマシンガンのような布教が一通り終わると、私は昔からずっと持て余していた宗教に対しての疑問をぶつけてみることにした。

 

「信じなくても救われるのでは?」

 

「はい?」

 

 マシンガンを豆鉄砲で返された鳩の顔をした彼女に続ける。

 

「実は私作家の端くれなんですけど、自分の作った作品ってどんな駄作でも愛しんです。どれだけ人に評価されなくても自分の子供同然のやつを地獄に突き落とそうとは思いません。ゴミ箱には入れるけど。」

 

「...」

 

「神様も多分一緒なんじゃないでしょうか?
作品の中の登場人物は私に対して祈ったりしませんし、むしろ自分の手で道を開こうとする奴もいます。もちろん敵役とか被害者とか場合によってはひどい目に合わせることもありますけど、だからって彼らを許せないなんてことはない。むしろみんな愛しい子供達です」

 

「...」

 

「もし神様が自分に似せて僕たちを作ったなら、自分を投影して僕があるならなおさら信じなくたって救うと思います。神様は僕と同じなんだから」

 

自分で話しながら顔が優越感に浸っている感覚があった。あまり人を言い負かすことを良しとしていないつもりなのだが、しかし普段担当編集に自分の作品や考えをけちょんけちょんにされているせいか、いざ誰かを論破するととても気持ちよく、自分の価値を再認識したような喜びがこみ上げてくるのであった。

 

「いや哲学には興味ないんで」

 

「あ、はい」

 

マジかよ。