りんごのなる樹

芝居にゲーム、お絵かき占い時々真理

ウミニウマレル

とある授業で戯曲執筆の体験をしまして、その時作った作品を載せようと思います。

そのうち朗読音声などにして載せるのも面白いかもね。

 

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ウミニウマレル

 

暗闇の中、生まれたての赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 


私が故郷の海を見ると決意したのは、新しい命の誕生の瞬間に立ち会った時である。人生で初めて抱きかかえた生まれたての赤ん坊は、なぜか私に故郷の海を思い出させた。塩辛く、時に足を引きずってでも命の重みを教えた故郷の海に、私は数年ぶりの再会を果たした。

 

テーブルに人が2人座っている。2人はセリフ以外は全て無声で会話する。

 

旧友
久しぶり。

 


久しぶり。

 


久しぶり。故郷での旧友との会話は、前半はほとんど「久しぶり」の言葉で埋め尽くされた。もちろん、現在の仕事や生活や恋愛といった日常の出来事を思いつく限り会話に変えたのだが。おそらくお互いが旧友に対しての距離をどうにかして埋めたかったのだろう。「久しぶり」と言う言葉は注文したコーヒーが届くまでの時間を埋めるにはずいぶん役立った。

 

ウエイターが二つのコーヒーを運んでくる。両者に同じようにミルクと砂糖を置いて去る。

 

旧友
そういえば知ってる?

 


海の見える地元のカフェで、砂糖もミルクも無視してコーヒに向かう友人に、変わらない「久しぶり」を感じながら耳を傾ける。なんでもかつてのクラスのマドンナが、今では一児の母となっているそうだ。いつの日かこの海の見える町で母より生まれ、育ち、いつの日か子を生み育て、海を見せる。私が急に海を思い出したのは、きっとあの赤ん坊が海が見たいと泣いたからだろう。海は全ての母なのだから、赤子は母を求めたのだろう。
母のミルクをねだるには、もう時間が経ちすぎた私は、友人の真似をしてそのままのコーヒーを味わった。とても苦かった。

 

テーブルの上に出された料理を食べる私。

海の音がする。

 


母は優しく迎えてくれた。私の好物だった懐かしい料理をたくさん振舞ってくれた。すこし塩辛く感じた。綺麗に食べ終わった後、名残惜しく荷物をまとめながら私は、今度は子供も連れてくるよと母に残した。